トラウマという言葉は広く日常生活でも使われますが、ここでは様々な症状をもたらす、疾患としての【心的外傷後ストレス障害(以下、PTSDと表記します)】について掲載します。
私達が普段日常で使う【ストレス】という言葉は、正確には【心身の負荷・重圧となる刺激=ストレッサー】と【刺激に対する反応=ストレス反応】によって成り立ちます。中でも生死に関わるような重大な刺激を【心的外傷=トラウマティックストレス】と呼び、心的外傷の結果、人の感情・思考・行動面に1ヶ月を超えて一定以上の症状が残った状態をPTSDと診断します。
世界保健機構の調査によると、全ての日本人のうち60.7%が生涯でなんらかのトラウマ体験をすると言われています。しかしトラウマ体験をした全ての人がPTSDを来すわけではありません。これは体の怪我や病と同じように、こころにも自然治癒力があるからです。トラウマ体験をした人のうち、PTSDになる人は我が国でおよそ1.1〜1.6%といわれています。これは他の疾患と比較しても、決して少ない数字ではありません。
PTSDをきたす心的外傷は、子どもにとって非常に恐ろしく、また理不尽なものです。結果として、その出来事を思い出すような話題や場所・行動などを避けようとする【回避症状】があらわれます。しかしあまりに衝撃的な出来事は、完璧に封じ込める事ができないため、何かのきっかけで突然思い出す、それに伴った苦痛を感じる、などの【侵入症状】をきたします。もう二度と同じような恐ろしいことを体験したくない、と心身は常に緊張状態を強いられ、不眠・場面に見合わない激しい感情の起伏など【過覚醒症状】を引き起こします。更に理不尽で理解のできない出来事に苦しむあまり、自分や周囲を責める、過度な孤立感、など【認知と気分の陰性変化】を生じます。当事者あるいは周囲の人たちは時として「私がもっと気をつけていればこんな事にはならなかった」などの思考に陥りやすいため、中々医療機関につながれないのが実情です。
子どもにとってトラウマとなりうる刺激には、災害・事故・大切な人との離別・病気や怪我・虐待・いじめ・発達的に不相応な性的体験(一部これらの目撃も含む)などがあります。特に近年度々問題となっている児童虐待は、喫緊の課題といえます。ある研究ではトラウマ症状を来した子どもはその後更なるトラウマ体験に暴露されやすく、その回数が多いほど、将来様々な精神疾患になりやすいという結果が得られています。またトラウマ体験は免疫力の低下や脳へのダメージなど、身体にも様々な影響を及ぼすとされています。
PTSDの治療に先立っては、まず何より早期の発見と、本人の心身の安全・安心が確実に保証される事が大切です。また先に触れたような症状は、性格上の問題と誤解されやすいため、本人や周囲の支援者との適切な情報・知識の共有も重要です。その基盤の上で様々な治療を複合し、多職種や地域との連携をはかりながら、子どもと支援者を支え続けられる体制を構築する必要があるでしょう。